吉野山で山伏ら「鬼も内」 金峯山寺蔵王堂で節分会

吉野山で山伏ら「鬼も内」 金峯山寺蔵王堂で節分会(共同通信)

「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(つい)むことがない。」
この言葉は、釈尊の教説を伝える古い経典である、
『ダンマパダ』(法句経)に出ている言葉であるとされる。

恨みに恨みで報復すれば、いつまで経っても平和は訪れないという意味である。

今の、ウクライナとロシア
ハマスとイスラエル、
本日の報道では、
「米親イラン武装組織に報復 シリア・イラクの拠点空爆 民間人含む39人死亡」
との記事が、おおきく取りざたされている。

戦争は、
「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。」
の典型例である。

それにしても「全国から追い払われた鬼を招き入れる節分会」とは、
なんとも懐の深い行事だ。
「鬼は外」「福は家」は、今や昔。
悪い鬼も、改心させるために、家にいてくださいとは、なかなかならない。

たしかに、鬼という一括りで退治されてしまうには忍びない。
「泣いた赤鬼」、「おにたのぼうし」… 
こうした絵本に代表される優しい鬼もいる。
悪いところばかりを見る、排除の論理ではなく、
良いところに目を向けて、それを引き出す、改心させる。
職場でも、学校でも、コミュニティーにおいて必要な理念だ。

近所からも、豆をまくパラパラとする音が聞こえない。
恵方巻に代表される、商業ベースでの節分は盛んだが、
家庭レベルの伝統行事は衰退し、今は、鬼と人間は、
お互いの存在を認め合う、ウィンウィンの関係なのだろうか。

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