若い弁護士に期待したい

士業を長いこと営んでいる者にとって、「訴訟」との関わりは身近な問題である。
社会保険労務士を開業して40年、私は数多くの弁護士と数多くの事件処理で折衝し、ともに訴訟を闘い、勝利してきた。
そこで経験し、わかったことは、弁護士の質は、本当にピンキリであり、千差万別だということである。

私は弁護士に対しては、訴訟において依頼人の最後の砦となる立場であることから、常に敬意を払って接している。
しかしながら、その敬意に値しない弁護士も中には存在し、そのような弁護士に出会うたびに失望し落胆させられてきた。
もちろん、敬意を払うに値する立派な「法律家」としての弁護士も存在し、今現在もお付き合いいただいている。
しかし、「法律屋」とでも呼ぶべき弁護士のいかに多いことか。彼らは職業弁護士であり、初めにカネありきである。
それは、弁護士報酬が高いとなどいう意味ではない。腕のある弁護士が、期待通りの結果を出してくれるのならば、専門職として正当な報酬を要求することは当然である。

問題は、報酬を要求しておきながら、受託した事件への手間暇を惜しむ弁護士が多く存在するということである。
訴訟技術に長けてはいても、依頼人のために本気でぶつかってきて頑張ってくれる弁護士に出会えたら、むしろ幸運というべきなのが現状なのである。
確かに訴訟技術は大切であるし、なにも効率を度外視しろというのではないが、例えば不法行為における評価根拠事実を洗い出すのには、依頼人や関係者との相談をまめに行い、相当の時間がかかるものである。
そうした地道な行為を一つ一つ積み重ねている弁護士がどれだけいるだろうか。

若い弁護士は、その点、業界の悪習に染まっていない分だけ、必死になって依頼人のために頑張ろうとしている。
我が国の司法制度を担う大事な若人には、その真っ直ぐで清々しい姿勢を是非ずっと持ち続けてもらいたい。

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